- 「TRACK」の企画段階から多くのご意見をいただいた劇伴作曲家・林ゆうきさんに、エントランスで流れる楽曲「BORDERLESS RESONANCE / ボーダーレスレゾナンス」の制作をお願いしました。TRACKに住まう個性豊かな人々を、一つ一つの楽器の音に見立て、それらが集まることで生まれるレゾナンス(共鳴)を音楽に落とし込むことで生まれたという一曲のコンセプトについてじっくりと伺いました。
- PROFILE
- 林 ゆうき
1980年生まれ/京都府出身
元男子新体操選手。競技者としての音楽の選曲から伴奏音楽の世界へ傾倒していく。音楽経験はなかったが、大学在学中に独学で作曲活動を始める。卒業後、hideo
kobayashiにトラックメイキングの基礎を学び、競技系ダンス全般の伴奏音楽制作を本格的に開始。さまざまなジャンルの音楽を取り込み、元踊り手としての感覚から映像との一体感に重きを置く、独自の音楽性を築く。
[語り手]
- 林 ゆうき
- ゲスト
[聞き手]
- 澤 曙憙誕
- 株式会社アンドロップ CEO
- TRACKブランディングディレクター
あらためて、実際に楽曲を空間(エントランス)で聴いてみた感想を聞かせてください。
エントランスのデザインイメージは楽曲制作前から共有していただいていたので、楽曲が流れた瞬間にパズルのピースがはまったような気がしました。
モノトーンの空間にアコースティックな楽器たちが響き渡ることで、プロからセミプロ、初心者まで、音楽を愛するさまざまな入居者の個性が共鳴して、一つの楽曲になるように構成を考えていたので…。あの場所で流れることで完成したんです。
林さんは、普段、ドラマや映画、アニメなどの映像に対して楽曲制作をされるのに対し、今回は対象が空間ということで、いつもと異なる点があれば聞かせてください。
また、入居者はエントランスを通る度に楽曲を聴くことになるわけですが、TRACKの入居者の多くは音づくりをされていて、あえて音楽を聴きたくない方もいると思います。そのあたりはどのようなアプローチを心がけましたか?
今回の楽曲には、ショートヴァージョンというものがあり、そちらはSpotifyなどで聴いてもらえる、完成形の楽曲です。
エントランスで流れているのは、ロングヴァージョンで約1時間あります。
それぞれの要素をバラバラにしたものなので、きわめて環境音に近いです。
多種多様な人々が集まることで生まれるレゾナンス(共鳴)を音楽に落とし込みました。
具体的には、さまざまな音のピースが散りばめられていて、それぞれは個別の音にしか感じられませんが、一つの流れとして聴くと楽曲になる構成にしています。
日常的に耳にしても、空間に馴染んでいるので、ほとんど気にならないと思います。
普段の映像などの楽曲と比べて、使用している楽器の数はどうですか?
普段よりも多いと思います。
アコースティックギター、アコースティックベース、バイオリン、ピアノ、ボーカルなど、20種類くらいですね。
もっとシンプルにできるのですが、いろいろな個性の人が住われて化学変化を起こす場所というイメージから音数(楽器の数)を多くしました。
音楽的なことについて、もう少し解説していただけますか?
コードという楽曲の色味を決める際に、3rdという重要な音があります。
3rdがメジャーだと明るく、マイナーだと暗く聴こえます。
その3rdが抜けた状態でこの楽曲は始まります。
メロディーもまばらで、3rdだけでなく、低音を支えるベースも根幹を支えるドラムも、最初は自分の居場所がわからないかのようにバラバラに点在しています。
それらが少しずつ、ちょっとずつ、この空間に集まることで、おたがいの存在を認識して、各々の役割を果たし、最後は楽曲が一つのかたちになるように作曲しました。
まさに、TRACKに暮らす人たちのそれぞれのライフスタイルを、一つ一つの音、楽器で表現しているわけですね。
ところで、ドラマやアニメ、ゲームなどの楽曲では長くても5分ほどだと思うのですが、エントランスのヴァージョンは約1時間です。
大変じゃなかったですか?
1時間の楽曲をつくったというよりは、1分半、3分、5分などの楽曲の濃度をどんどん薄めていき、なおかつ環境音に馴染ませるというか、淡くしていったというイメージです。
なるほど。
クラフトコーラに例えるなら、最初に原液(3分、5分などの楽曲)をつくり、炭酸水で薄めつつまろやかにして、スパイスを加えていくというような...
そうです。
絵の具に水を足して溶かしつつ、混ぜ合わせていくという感じです。
TRACKの入居者にとっては自然と耳に入る楽曲ですが、Spotifyなどでダウンロードして聴く方もいらっしゃると思います。特にここを聞いてほしいというポイントはありますか?
エントランスの環境音としてつくった1時間のヴァージョンと、5分ほどに編集したヴァージョンでは用途が違います。楽曲としては、ショートヴァージョンの方が楽しめるかな。
ただ、本を読んだり、作業をしたり、BGMのように使うなら、ロングヴァージョンの方かなという気がしますね。
たしかに、1時間のヴァージョンの方は、朝にコーヒーを飲みながら、メールを送ったりしているときにちょうどいいというか。無音より良くて、耳障りではなく、ほどよい集中力が保てます。
Spotifyにも、そういうディープフォーカスなどのプレイリストが多くて、それらに少しインスパイアされたところはありますね。
これまでに、こういう環境音をつくられたことはありましたか?
はじめてですね。
おもしろかったです。
ありがとうございました。