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- ドラマやアニメ、ゲームなどの音楽において、日本の第一線で活躍されている劇伴作曲家・林ゆうきさん。デザイナーズ防音マンション「TRACK」の企画の際にも、ご意見などをいただきました。今回は、普段から自宅で音楽制作されることの多い林ゆうきさんに、理想の制作環境についてお話しいただきました。
- PROFILE
- 林 ゆうき
1980年生まれ/京都府出身
元男子新体操選手。競技者としての音楽の選曲から伴奏音楽の世界へ傾倒していく。音楽経験はなかったが、大学在学中に独学で作曲活動を始める。卒業後、hideo
kobayashiにトラックメイキングの基礎を学び、競技系ダンス全般の伴奏音楽制作を本格的に開始。さまざまなジャンルの音楽を取り込み、元踊り手としての感覚から映像との一体感に重きを置く、独自の音楽性を築く。
[語り手]
- 林 ゆうき
- ゲスト
- 天野 里司
- 株式会社長谷工不動産ホールディングス
代表取締役社長 - 株式会社長谷工不動産
代表取締役社長
※2021年9月取材 同11月掲載時点での役職名
[聞き手]
- 澤 曙憙誕
- 株式会社アンドロップ CEO
- TRACKブランディングディレクター
ストレスが溜まるジレンマ
今日は、現在建設中の「TRACK」について、我々の想定しているお客様にとって憧れの存在である林ゆうきさんにその魅力を本音で語っていただきたいと思います。そして、天野里司社長からは開発の目的や、今後の展望などについてお聞きしたいと思います。
最初のテーマとして、若手の頃から現在までの音楽制作の環境の変化についてお聞かせください。最初はどういう環境でしたか?
学生の時に男子新体操の選手をやっていて、趣味で伴奏曲を作り始めたのが音楽の世界に入ったきっかけです。普通のアパートだったので、夜の10時を超えたら大きい音は出せないし、壁も薄かったので隣人を気にしながらヘッドホンをつけて作業をしていました。
その後、作曲をすることがメインになってきて、このままだと自分が頑張って音楽を作ろうとすればするほど苦情がきてストレスが溜まるという状況でした(笑)」
それって、2階建てで外階段があるアパートみたいな感じですか?
そうそう。埼玉の家賃が5万円くらいのアパートでした。
それで大学を卒業してから音楽を真剣にやろうと思って引っ越したのが京王線の仙川です。桐朋学園大学っていう音楽部門がある大学で、音大生用の物件が多いんですよ。ただ、そうはいっても防音がしっかりしているというより、あちらが出すからこちらもいいでしょう、という『お互い様物件』でした。隣からはピアノの音、上からはバイオリンの音が聞こえてくる、みたいな自分がごきげんな環境で創作できるかが大切。
そういうのを、お互い様物件というんですね。当時、防音マンションはありませんでしたか?
2000年代ですよね?
防音性能のあるマンションは本当に数える程度で、空室はほとんどありませんでした。
音楽をやっていい物件はお互い様物件と足しても数%あるかないか。かといって音楽はできても、居心地もいいかというとそういうわけではない。自分の仕事の空間って当然大事だと思うんですよ。
同時に物作りの人って、自分がごきげんな環境でつくれることが大切なんですよね。普通のマンションに防音室を作って独房みたいなところで創作するのか、それとも窓の向こうに緑があるような気持ちのいい空間で創作するのかでは、全然違うものが作られるのだろうなと思います。
僕は今の自宅を建てる時に防音施工をしてスタジオを作ったんですけど、ここ(取材場所で、目の前に大きな窓があり、緑が広がっている部屋)はセカンドアトリエみたいな感じで、気分を切り替えたい時とかに使うようにしています。
ここは防音じゃないんですか?
防音ではないです。
ここではそこまで大きな音を出さずにラフスケッチをしたり、イメージを作ったりします。そういった意味もあって防音ももちろんなんですけど、制作環境のデザインとかはすごく大事だなと思って。結局6〜7年お互い様物件にいて、その次はデザイナーズマンションに住んでみようと神泉のマンションに引っ越しました。そこはコンクリート打ちっぱなしだから防音もしっかりしているだろうと思って入ったら、音楽系じゃない人が住んでいて、すぐに苦情がきて1年で追い出されました(笑)
コンクリート打ちっぱなしだから、防音がきいているだろうと思ったのですか?
そうです!
これって、一般的によくある誤解ですよね。
しかも4戸しかなくて住んでいる人の絶対数も多くない。
その時の不動産屋さんが『私のDJの友だちが住んでいるんですけど音を出しても大丈夫ですよ』って言っていて。でもよく考えたらDJの人って家ではそんなに音を出さずにクラブで出すので、家じゃ普通に聴くくらいなんですよね。
逆に僕は家でずっと制作しているから音を出す時が長いし、音量が大きい。それで出て行くことになりました。今の家の前は池尻にスタジオがついたマンションがあって、そこが防音は一番しっかりしていました。エントランスを入ってすぐにスタジオ、奥に住居というちょっと変わった造りでしたが。
神泉までは単身で、結婚するタイミングで池尻、そしてお子さんができて今の場所ですよね。
そうです。
子供もいるし自分が落ち着いて制作できる環境を作ろうと思って自宅にスタジオを作ったんです。
住む場所のグレードは、仕事のレベルが上がってきたのと比例しますか?
投資しないとしっかりした音楽が作れないなと。
家賃をおさえても結局ストレスが溜まってしまう。さっきも言いましたが自分が頑張ってお仕事しても文句言われるってそれ以上のストレスはないなと思って。
ヘッドホンで聴いていれば、まわりに迷惑がかからないわけじゃないですか。
ヘッドホンで聴くのと、生で聴くのとではぜんぜん違うわけですか?
全然違うということではなく、どういう作業をするかによります。
自分の打ち込んだデータの整理とか事務的な作業はヘッドホンでもできます。ただ低音がきいた楽曲を作ったり、ドラムの低音とベースの低音の鳴りを確認したりするときは大きいスピーカーで音を出しながら聴きたいです。
「貧すれば鈍する」という言葉があるじゃないですか。
ものづくりをするときに、まだ自分はそのレベルじゃなくても、環境を整えておく。それが結果的に、うまくいくことにつながる。自分はまだ何者でもないから、これくらいでいい、とおさまっちゃうのは良くないのではないでしょうか。環境は大事だと思います。
やっぱり環境があると、できることが全然違うわけですよね。
そうですね。
例えばしっかりした防音設備が整った部屋だったらミュージシャンを呼んで自宅で録音する事もできます。そうすればコストも削減できて自分の家で落ち着いてディレクションもできる。そしてコロナになって自宅で制作することがすごく増えたんですよね。
今まではスタジオで『せーの』でやっていたのですが、今では各演奏者がそれぞれのご自宅で録音をしてもらい、後でデータを送ってもらって、みたいな事も多いです。
それぞれのミュージシャンに、防音環境は必要になっているっていう...。
そう。だからスタジオミュージシャンは最初にコロナが広まったときにお仕事が全部ストップしました。さあどうする?ってなった時に自宅で自分の演奏を録って納品するっていうスタイルができないと回らない。だから宅録を始める人がすごく増えました。
マンションの壁の厚みの基準というのはあるんでしょうか?たとえば、賃貸の場合など。
RC(鉄筋コンクリート造)の賃貸マンションだと15cmくらいからかな。あっても18cm。
「TRACK」ですと20cm以上です。人が歩く“ドシドシ”っていう低音や、スプーンを床に落としたときの“コーン”っていう高音の響き方など、そういう音の検査も行います。ただ、階段から漏れる音が伝わったりするんで、建物の音ってどこから伝わっているのか、わかりづらいところがあるんですよね
一番違うなって思うのは窓が二重なのかどうか。
池尻の時は二重だったんですけど近くに東邦大学医療センターの大橋病院があり、救急搬送の時にはしょっちゅう救急車が来ましたが、しっかり閉めておけば録音に関しては問題ありませんでした。
TRACKは防音だけじゃなく、デザインにもこだわっています。世の中の防音マンションって、防音設備はついているけど...みたいな印象があります。今まで住んでこられて現状はどうですか?
おっしゃる通りだと思います。
防音マンションで音楽をやっている人は増えてきている気はします。ただ、音は外に漏れない、迷惑はかけない、とは謳っているけど、そこで快適に音楽を作れるっていうのはイコールではないと思っています。音を楽しもうっていうのにしんどい環境に入らないとダメっていうのがつらいですね。部屋や建物が洗練されたデザインというところまで満たす物件は今までなかったように思います。
やっぱり、こちら(取材場所で、林さんのスタジオ)のように窓の外が開けている、というところはなかなかないですよね。
どうしても暗いっていうイメージがあります。
暗いところで作るのが好きな人もいるんですけど、僕は緑が見えていたり、木の質感があったり、シンプルなデザインだったり、そういう方がモチベーションが上がります。
かなりの物件数を見てきましたか?
借りる予定もないのに賃貸情報を見たりするのが好きなので(笑)
林さんのまわりの同年代や若手の人たちの話も聞かせてください。
例えば、若い人、アシスタントの方もそうですが、駆け出しの人たちっていうのは、どういう環境に住んでいるんですか?あと、どういうところに住みたいという要望がありますか?
基本的には僕の時とそんなに変わっていなくて、音楽やっていいっていう物件数は限られています。
音楽やっていいって謳ってないけれども、下の階に商店などが入っていて夜は誰もいないから音を出していいとか、近隣がすごく離れているとか、そういうところを探して借りたりしています。
あるいは家の中ではずっとヘッドホンで、うちに来たときに音を出してチェックするとか、みんな苦労しています。
ちょっと頑張って家賃を出せば、借りられる物件があるといいですよね。
それとも、若いときは苦労した方がいいと思いますか?
いえ、それはぜんぜん思いません。
そういう苦労は本来しなくていいものだと思うし、環境が良ければ、もっといい作品ができるでしょうしね。
さっきのお話ですよね。
環境を整えて自分の才能を出していくのか、貧するところでそれなりのものをつくるのか。
TRACKが想定しているお客様は、働きながら趣味として音楽や映像を作っているひとたちなので、ある程度の収入があります。
音楽や映像をつくりやすくなったので、そういうひとたちのための環境を増やしていきたいと思っています。もちろんプロを目指す方も大歓迎です。
自宅で配信する人も増えていますし、そのときの背景がカッコ悪いとね...。
そういう意味でもプライベート空間とセルフスタジオを見せられるっていうのは、とても魅力的だと思います。
林さんが作られる音楽、特にインストゥルメンタルというのはゲームやアニメーションもそうだし、言葉がいらない分グローバルに展開できるじゃないですか。そういうのをやりたがっている人は増えているんですか?
そうですね。
僕のアニメの音楽とかを聴いてもらって、海外の方から連絡をもらうことが増えています。
事業をやっていると参入障壁というのを考えるんですけどね。
昔と違って今は素人でもスタートできる環境になっているんですか?
あわよくば自分もすぐにプロになってやろう、みたいな...。
そうだと思います。僕がそうなんですよ。
コンピューターで音楽を作るソフトウェアとか環境がなかったら僕はこういうお仕事ができていないです。なぜかというと、小さい時から音楽的なことを習ってないし、いまだに譜面とかよく書けないので。昔は譜面が書けないとミュージシャンに伝える術がありませんでした。基本的なことができていないのに、お仕事ができていたのは、そういうものがあったからで今はそれがさらに直感的にできるようになっています。
林さんは、その先駆けみたいなものなんですか?
たぶん、そうですね。
まさにデジタル技術の進化があって、林さんのような才能が世に送り出されたということなんですね。
さらにクリエイティビティを後押しする環境が広がれば、新しい才能がもっと出てくるかもしれないですね。
こちらを見ていただいていいですか?
今建設中の向ヶ丘遊園と両国のパンフレットです。
向ヶ丘はクールなデザインですよね。
そうですね。向ヶ丘は、黒を基調とした「ブラックレイヤード」というコンセプトです。
ミニマムですね。まわりに高い建物が少ないので、気持ちがいいと思います。
いいですね。
若い時にこんな賃貸物件があったら...。
こういうところで、音楽を作っている自分を想像してすごいテンションが上がります。
両国は「レトロフューチャー」というコンセプトです。
黄色を差し色に、装飾的なところと未来的なところを融合させているというか。
両国っていう街にあっていますよね。
両国って意外と未来と過去が融合したような街なんで。
ちなみに、どっちに住みたいですか?
モノトーンの方(向ヶ丘遊園)が好きかな。
日本人って、海外の人に比べて黒好きじゃないですか?
モノトーンは自分のものを置いたときに映えるというか、自分らしい部屋をつくりやすいというか。
しっかり支えてくれるデザインの綺麗さはあるんですけど、自分のお気に入りのものを引き立たせてくれるという。
機能的なところでいうと、コンセントの数は通常の倍くらいあって、さらに音楽機材用に、100V・200Vを用意しています。広さは向ヶ丘遊園で、約32〜50m2ですね。
林さんが昔住んでいたところは、何m2くらいでしたか?
30〜50m2くらいだったと思います。
30m2のTRACKのような物件がいくらだったら、「当時の自分に住みなさい」って言いますか?
場所によりますね。
向ヶ丘遊園は駅から徒歩3分、両国は7分です。
向ヶ丘遊園から徒歩3分のところにある、音楽用じゃない30m2の物件はいくらくらいするんですか?
新築マンションで12万円くらいですかね。
そこに付加価値として、防音などの機能がつくんだったら、プラス5万円は出せる感じはしますけどね。
だいたいプラス4万円、12に4を足して16万円くらいが、中層階の賃料になるとおもいます。
17万円ですと上層階にお住みいただけます(笑)
景色が良さそうですね。
趣味で音楽をやっていて、防音マンションを探している友人がいたら勧められますか?
そうですね。
都心にアクセスしやすい場所がいいのか、郊外のおしゃれな物件に住みたいのか、その人が求める環境によって変わるとは思うんですけど。こういうデザインと防音がセットになっているような選択肢が今までなかったので、間違いなくニーズはありますね。
ここ(林さんの事務所のある代々木上原)から向ヶ丘遊園まで、電車だと16分ですけど、林さんのアシスタントなら住んでも大丈夫ですか?
そうですね。
今年で物件の更新が切れる子がいますよ(笑)。
TRACKのこと教えてあげよう。
ちなみに、アシスタントの方の家は防音じゃないですよね。
防音に住みたいって思いますか?
やっぱりそうだと思います。
特に、自分で演奏する人もいますしね。
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